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Florida Sunshine
留学不定期日記
Jan. - Feb.,1998
  
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Nov.- Dec., 1997
最新の日記  Mar,1998
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Feb,24,98
トルネードその後

  自分ではそれほど凄い被害があるとは思ってもいなかったのですが、周囲の人から被害の大きさをきかされ、びっくりしましたね。

私の両親を除く、相当数の方からメールないし、メッセージボードへの書き込みを頂きました。妻の実家なんて焦って国際電話をかけてきました。ありがとうございます・・・っていうのが正しいのかな? ご心配おかけしました というほうが適切ですね、はい。

で、昨日からずーっとメジャーなニュースはトルネードのことです。そうとう規模が大きかったんですね。警報がでることはたくさんあるけど、実際にタッチダウンすることは滅多にないですし、被害も相当なものだったようなので、これくらいの取り扱いでもまだまだ小さいものかもしれません。

ニュースの視点も、単なる被害報告から、復旧のための情報を伝えるものへと変化してきています。このへんの切り替わりが早い早い。中には、正しい建設業者を選ぶための条件、みたいな項目もあってニーズに細やかに答えているように見えました。とりあえず、ライセンスカードをちゃんと見せないのと、代金の前払いを要求する業者はダメっぽいです。まぁ当然といえば当然か・・・

意外にも犬猫の被害も大変だったようで、今日も犬が救出されたとか、やってましたし、アニマルシェルターが動物で溢れかえっているような情報もありました。さっさと引き取りにいかないと、1週間の保護期間の後に処分されてしまいうので、ちょと可哀想ですね。きっと少なからずいるんでしょうね・・・

ボランティアが大活躍という感じです。感極まって泣いているボランティアのおばちゃんがいました・・・ああ、こういう家庭にホームステイしたいねぇ・・・などと全然関係のないことを私は考えてしまいました。金稼ぎの手段としてやっている人が相当いるのでトラブルが絶えないみたいです。

きょうはオチが無いですが、これでお終い。



 

Feb,23,98

トルネード発生

 ここ1週間くらい風の強い日が多く、この前なんか、夜中に強風で窓がしなって壊れるかと思いました。昨夜も、激しいトルネードが私の家から50キロくらい北の方に発生したようで、心配してくださった方がボードに書き込んでくれましたが、私のところは全くの無傷でした。自分のところの掲示板を読むまでは、それほどたいした被害じゃないとおもっていたのですが、腐ってもトルネード(使い方違う?)、相当数の死人がでたようですね。びっくりしました。
 
この国の危機管理はなかなか優れていて、ある程度の権限をもった組織がドーンと一括管理していて、迅速に情報が公開されます。ですから、どっかの国で大震災があったときに、連絡網が全くなくて、首相をはじめとしたトップの連中が状態を把握するために総理官邸でワイドショーを見ていたなんて馬鹿なことは無さそうです。

最近は、tornado warning  や sever thunderstorm warning がちょくちょくセントラルフロリダ地区に発令されるようです。 これをどうやって知るかというと、この手の警報は発令されると、テレビのテロップとして即流れるんですね。日本でも速報とかありますが、だいたいそれと似たようなもんです。

ただ アメリカの場合は、その警報に制限時間がついているという点、地域がわりと限定されている点が日本よりも優れています。例えば、どこどこの地区で、9時14分〜9時47分までthunderstorm warning です。なんて感じで発令されます。 この時間がまた、絶妙でして、ほぼ終わりの時間になると風も雨も止みます。レーダーで常時雲の監視をしているからこそできることでしょう。

で、昨日の夜にトルネードが発生した時、わたしの住んでいるあたりでも丁度風が強くなってきたので、weather channelを見てました。 このチャンネル、一日中、24時間ずーーっと天気予報を流しています。明日の最高気温は・・・・・なんて呑気な明日の予報の下に、Tornado がタッチダウンして、orange county から北東に向かっているというテロップが流れていました。地理的にずいぶんと離れているので、 まずは安心したのですが、いつもよりもヤバそうな雰囲気がテロップからプンプンと香っていました。 そういえば、、 トルネードの通り道に住んでいる人は 逃げるかシェルターに非難しなさい といったこともかかれていましたが、シェルターなんてこの辺にあるのだろうか? 最近風が強いことが多いから、一回確かめておこうかな。



Feb,12,98
長野五輪
 
意外と厳かに行われているようですが、こちらでもそれなりに報道はされていますね。昨日の夜にみたTVでは金メダリストとの対談を日本で収録したものを流していましたし、そこそこの盛り上がりを見せているようです。

わたしは見逃したのですが、開会式で曙が土俵入りしたそうで・・・こっちのキャスターがそのことに触れて、なんかいっていましたが、あれぼの って誰のこと?最初何のことを話しているのかぜんぜんわからなかったぞ。 あんたの国の力士なんだから、名前くらいちゃんと覚えなさい

それと、どこの駅前で取ってきたのかわからないけど、大量の放置自転車をうつして、不思議がっていました。さらに、「驚いたことに多くの自転車には鍵がかけられていないのです」なぁ〜んて、間違った報道をしていました。鍵ぐらいかけるぞ! でも、もしかして、長野ではかけないのだろうか・・・。

多分、キャスターらは自転車の前の方にくっついている小さな鍵の存在を知らないのかもしれませんね。鍵といったら、ぶっといゴツゴツした奴がこちらの基本ですから、ぱっと見で、ロックしていないように見えたということも考えられます。

ただ、どう好意的に解釈しても、ろくに確かめもしないで報道していることは確かですね。ああ、こういうところから、日本人に対するステレオタイプがアメリカで形成されていくんだねぇ。まぁ、とりあえず日本は安全だということを強調しておきたかったのでしょう。

それと、メダリストとの対談でちょっと気になったこと。スケートの長距離でメダルを取ったある選手との対談で、その選手が日本の選手のことを、彼らはわれわれのスポーツにおいてはまだよく教育されていない。と言ってのけました。 スピードスケートはあんたらのスポーツなんかい?! これにはちょっとむっとしましたが、この後に結構いいことをいいました。 日本の国民は選手にたいしてプレッシャーをかけすぎるということを言っていました。これは当たっていますね。外国人の目から見てもそう映るということは、やはり相当なプレッシャーが選手にはかかっているんでしょうね。

それと、そのあたりにはいった late night show にシンディクロフォードが出演していたのですが(なんか、夜中にテレビばっかりみてますが・・・)、これまた日本の話になりまして、日本語でね、ガイジンっていうのは、damn foreigner って意味なのよ てなことを平然と言っていました。ああ、こんなのがアメリカ全土に流れているんだから、うかつにガイジンっていう日本語は使えませんね。 それと彼女はもういっぱつかましてくれました。日本のあるクラブじゃね、私たち外国人はタダでのみ放題食べ放題なのよともいっていました。「外人がいるからカッコイイ」という日本人の勘違いを逆手に取ったクラブが、外国人の飲食費を無料にして客よせにしているというようなことを聞いたことがあるのですが、きっとそのことを言っているのでしょう。

日本、なめられてます


Feb,07,98
振り返ってみて
 
  MIDTERMテストの真っ只中です。久しぶりの更新です。やはり2週間のブランクというのは洒落になっていませんでした。教科毎に撃沈されて帰ってきています。まだまだ頑張りが足りないようです・・・といかいろいろな面での集中力が低下してきているような気がします。

  そろそろ、WEB上に日記を公開してから1年くらい経過したのですが、私自身、どれくらい変化があったかというと・・・・???? ですね。確かに、こちらで生活できるくらいに成長はしているとは、自分でも感じられるのですが、それが一年という時間に見合ったものかどうかを冷静に考えてみると、物足りなく感じます。

もっと時間を有効に使えたのではないだろうか?
もっと英語を勉強できたのではないだろうか?
もっと遊べたのではないだろうか?

結局のところ、なんとなく過ごしている時間が長かったということなのでしょう。
 



Jan,30,98
AT&TからきたCheck

今まで、しばらくの間、更新を中断していたのですが、ひさしぶりに更新しはじめたら、いろいろとメールや、掲示板の書き込みを頂きまして、とても感謝している次第です。ネットの世界なんて1ヶ月もいなかったら忘れ去られてしまうもんだと思っていたのですが、中にはこまめに私のページにアクセスしてくれているありがたい常連さんもいるようです。

これは、全く更新していなかったのにも関わらず、なぜか増え続けていた、このページのアクセスカウンターが物語っています。こういうのって、こちらとしても励みになるので大歓迎ですね。

今日は、AT&Tから送られてきた、CHECK(小切手)のお話。昨日だったでしょうか、AT&TからCHECKが送られてきました。はじめは何のことだかわからなかったのですが、$3 という金額を見て、ハッと思い出しました。それは、日本から帰ってくる途中に乗り継ぎをした、のサンノゼ空港でのお話。 乗り継ぎの便名が変更になったので、空港で、最終到着地であるオーランド空港に向かえにきてくれることになっていたタイ人の友人に連絡を入れようとしたときのことです。

当然公衆電話を使うことになるのですが、よくよく考えてみたら、アメリカでくらして1年以上にもなる私ですが、長距離電話を公衆電話から利用したことはなかったのです。初めてのことに挑むと必ずトラブるという,
私の不思議な性質がこの時も遺憾無く発揮されました。

アメリカの公衆電話のシステムは日本のものと全く違っていて、普通に受話器を取っても通話可能な音(「ツー」というやつ)が聞こえるのです。通話料金はdepositという形で徴収されるしくみになっているらしいです。よくわかっていないんだけど・・・

それで、そのとき使った電話機では、はじめに通話先の番号を入力させられました。しばらくすると、どこぞの中継機につながったらしく、その音声によると、通話したければ、コインで$3.05分をコインで入れろとのこと。 クウォーターコレクターの妻から(アメリカではクウォーターコインがとても使えるのです)、十分なだけコインを受け取って、ガシャガシャと入れました・・・が、なぜか最後の5セントを受け付けてくれません。何度入れても元に戻ってきます。

そうこうしているうちに、オペレーターのお姉ちゃんに繋がってしまいました。アメリカの公衆電話は常時オペレーターに監視されているんですね・・・ちょっと気味悪いね。愛想もくそもない姉ちゃんに「もう5セント入れなきゃつながんないわよ」といわれ、一通りこちらの状況を説明したところ、「じゃあ別の電話でトライしなさい」といわれ、そく切断される。

こっちは、家をでてから20時間以上も経って疲れているのに、何をさせやがるんだ・・・とかブツブツいいながら、受話器をいったん置く。ここで、普通、日本の電話ならばジャラジャラとコインが電話機から吐き出されてくるところが、まったくコインが出てこないばかりか、ジャリン!とコインが電話機内部に落ちていったような、嫌な音が聞こえてくる。トラブルの予感・・・

げ!と声を出してみたものの、状況に変わりなく、コインはやっぱり帰ってきていません。しょうがないので悪あがきをして、もう一回番号を押してみました。思ったとおり、オペレーターのお姉ちゃんに繋がってしまいました。ここでまた、一通り状況を説明。何故か私の名前と住所を聞いてきたので、一応教える。電話の向こうのお姉ちゃん、カタカタとキーボードで、そのデータをコンピューターへ入力してました。一通り入力を終えたおねちゃんが、おもむろに、「ごめんなさい、あなたの入れたお金は戻らないわ」の一言。

しばし絶句。なぬぅ? おまえは一体、何の為に人の住所を聞いたんだぁ??? という声が私の中にコダマしたのですが、頭も体も疲れきっていたので、反応できませんでした。それに自分のホームタウンでもない、こんな西の外れで、何ができるわけでもないし・・・。

しかし、私は、あんな愛想の無いオペレーターの姉ちゃんと話をするために、$3も払ったのか・・・と思うと、旅の疲れも加算され、さらにブルーになりました。そして、心から、AT&Tなんか、死んでも使ってやるもんかと固く誓ったのでした。

さてさて、それから、1週間ほど経過して、冒頭で述べたとおり、CHECKが送られて来ました。 一応自分がセンノゼで失った分だけの金額が戻ってきたのですが・・・何だか釈然としないような・・・。

そう言えば、私の名前のスペルが思いっきり間違っていました。YOMETFUKAって誰や?こんなんで換金できるのだろうか?

相変わらず、ちゃんと仕事してないよなぁ・・・


Jan,27,98
アメリカだなぁ

    こちらの時間で21日未明に帰ってきて、荷物をあけてガチャガチャと後片付けをして、終わったのが夜中の5時。一応睡眠を取ったのですが、昼前には目が覚めてしまいました。その日はそのまま寝ていても良かったのだけど、丸々2週間も授業に出ていないので、やはり落ち着かず、時差ぼけというか、単なる長時間の移動で疲れていたんだけど、ダルダルの体を引きずって、その日は講義を受けてきました。

遅れて授業に参加することは事前にインストラクターには通知をしていたので、ほとんど余計な説明をしなくても済みました。結構面倒になると覚悟していったので、じつは拍子抜けだった。せいぜい、言っても this class is first class for me, because ... くらいまでで、「ああ、君のことは連絡を受けているよ」ってな感じでトントン拍子に事が進んだのでラッキーでした。人によっては、講義の終了後に私が話し掛ける前に私の名前を呼んだ人もいました。

はじめて顔を出したその日にいきなり小テストという、不幸な事態もあったのですが、まぁなんとかなりましたし、あとは2週間分の溜まったアサインメントの本を読破するだけ・・・って、これが一番大変だったりする。おめぇら本読みすぎだよぉ〜等と身勝手な文句をブチブチ言いながら、日に数時間は、殴ったら人を殺せそうな分厚いハードカバーの本数冊と戯れております。いやぁ〜楽しいひとときだこと (涙)

それで、来週はいきなり中間テストweekなのですが、それが一番きつい。これで、しょうも無い点数をとると、科目によっては「あなたこのクラスを落とした方がいいわよ」という恐怖の勧告を受けてしまうのでドキドキもんです。既に初めの2週間は失っているので、既に評価ガタガタな私としては、これから気合が入るというものです。(多分)



 Jan,17,98
やっとだよ・・・

  やっとこさ、ビザが到着しました。やっぱり時間がかかりましたねぇ・・・。それですぐさま飛んで帰りたかったのですが、フライトは20日になってしまいました。しかもオーランド空港に夜の12時到着です。

これはお友達のタイの人にお願いをして、車で迎えにきてもらう予定です。先方から、迎えにいこうか?なんて言ってくれたもので、甘えてしまいました。彼とは語学学校時代からの友達なのですが、本当に良い人です。

さてさて、私はセメスターの授業が開始されてから3週目の授業から合流するわけです。当然、なぁ〜んも知らない専門の勉強へ遅れてノコノコとやってくるわけです。追いつくにはとんでもなく苦労をすることがわかっているので、早くもブルー入ってます。こりゃあ、大変だよなぁ。まだテキストすら買っていないし、実験なんてすっぽかしているけど、大丈夫なのだろうか? かえってグレードに悪影響があるのならスキップしてしまうという手もあるのですが、その辺はアドバイザーと相談して決めようかと思います。

ともかく、アメリカかえれてよかったよかった。



Jan,7,98
日本へついて・・・

(12月18日)
いろいろとした雑務を終えて、どうにかビザの更新を終えた。あとはビザが送られてくるのを待つばかりなのだが、ここで送られてこなければ、アメリカへ再渡米はなくなる可能性すらある。仮に何らかの手違いで学生ビザ(F1)の発行が間に合わなくても、観光ビザで入国して後始末をしたのち帰ってくるという考えだったのだが、ビザの発行を拒否された人はリストに載り、アメリカ入国時に拒否される可能性があるということをある本で読んだ。これが本当だとすれば、ちょいと面倒なことになる。まぁ何とかなるだろうけど・・・

もう、ポストしてしまったことだし、いまさらじたばたしても始まらないので、ここは大人しく、送られてくるのをまつことにする。

アメリカ大使館側で公開しているビザ情報について、いろいろと得たこともあるので、それをホームページ上で公開しようと思う。少なくとも、毎年何万人かの日本人は、この地を訪れているので自分と同じような状況になる人もいることでしょうし、そうなったらなったでこういう情報も少しは役に立つのではないだろうか?

友達が、ビザの更新を旅行代理店へ頼んだという話を聞き、早速やってくれるところを探したが、どこも「旅券の手配といっしょならやってもいいが、ビザだけではダメ」という連れない答えが帰ってきた。どこもかしこも似たような返答だったので、4〜5件電話をした時点で、草々に諦めて自ら手続きをすることにした。まったく使えん連中だわい。

自分で動くといっても、赤坂まで出張ってアプリケーションを取りに行くだけのことであった。意外に簡単だった。こんなんで業者に1万いくらも払わなくてよかったとも思うのだが、なぜか業者がらみだと、発行される時間が短いらしい・・・(そうアメリカ大使館発行のガイドに書いてある)。まぁ1日か2日の違いだし、そんなにカリカリしなくてもゆったりと行きましょう・・・などと自分で勝手に納得したけど、はてさてどうなることやら。

日本へ帰ってきて直後、成田で思ったことは、やはり空気が汚いということだった。まぁ場所も場所だったので、仕方がないともいえるが一年ぶりの日本の印象は、息苦しいとゴミゴミしている・・・であった。

それと、私がエレベーターに乗ろうとしているのに、脇からいきなり私の前に無言で割り込んで来た人を見て日本を感じた。別にそうしなくても乗れるのに、何かが彼を急がせたのだろう。向こうならそうそうお目にかからない光景だが、やはり世間には気を使うくせに、目の前の人間に無関心なところは感心しない

先ほど空気が汚いと書いたが人間の適応能力もまた凄いもので2日も東京に滞在したらすっかりと慣れてしまった。悲しいけどこれもまた事実。
 

(新年号!)
さてさて、ビザが更新されて年末にめでたく実家に送られてくる・・・はずだったが、12月31日にそっくりそのまま送り返されてきた。記入漏れがあったのだった。97年11月に更新された移民法に伴って質問事項が一つ付け加えられたのですが、それがまた、従来のアプリケーションの折り目の部分に縦にかかれてあったわけです。新しくフォルムつくれよぉ〜

一応、赤い文字で目立つように書かれていたのですが、長旅で意識もうろうとしている私ら夫婦には少々インパクトが足りなかったようです。しっかりと二人でチェックし合ったつもりだったのですが、家の奥さんの視界にも入っていなかったようです。まいったなぁ。

年末は混むということを予め知ってはいたのだが、それでも書類の間違いをたった1個所指摘して送り返されてくるまでに13日間もかかったことになります。これで同じ事があと一回あったらアウトですね。多分次のセメスターに入れてもらえないでしょう。ちなみに学校が始まるのは1月7〜8日で、1週間でプロセスしてくれるとした場合の最短で私らがビザを手にできるのは1月12〜13日となります。この時点で追加書類の提出を求められたら多分アウトです。

いまさらジタバタしたところで始まらないので、ここはドカッと座ってドッシリ構えることにします。内心はドキドキなんだけどね。とりあえず、アドバイザーに遅れる旨をe-mailで連絡したところ、心配しなくていいという返事をもらったので大手を振って遅れてアメリカへ帰ることにします。1週間以上遅れて授業についていけるかどうかの方が重要な問題なんだけどね。



 
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